大判例

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大阪高等裁判所 昭和54年(ネ)2147号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

最近これと反対の第一審判例が出されているが(浦和地判昭55.3.25判時九六九号一一〇頁)、商法二六六条ノ三の責任の帰責事由として会社に対する任務懈怠を心要とする最高裁大法廷判例(最判昭44.11.26民集二三巻一一号二一五〇頁、本誌二四二号一二三頁)に従う限り、本判決の結論が妥当であろう。

【判旨】

2 取締役の第三者に対する責任について

<証拠>によると、被控訴人の印鑑登録の届出が昭和四九年一一月一二日になされ、その三日後の同月一五日にアメリカ商会の設立準備として定款が作成されたが、右定款に設立発起人として被控訴人の名が掲げられており、またその頃被控訴人名義の株式引受証も作成されていること、そして、右商会は昭和五一年七月二三日に設立されたものであるところ、その際、被控訴人の取締役就任の登記がなされ、以来同商会の株主総会や取締役会等の各議事録にも被控訴人の名が取締役として記載されていることが認められ、右事実からすれば、被控訴人がアメリカ商会の取締役であつたとみられないこともない。

しかしながら、<証拠>によれば、前示のような被控訴人の印鑑登録をはじめ取締役就任の登記や株式引受証、定款、各種議事録中の被控訴人作成部分(前掲各書証)は、すべて久美が被控訴人に無断で行つたものであつて、当時被控訴人は漸く二〇才になつたばかりの大阪大学医学部の学生で、専ら学業に勤しんでおり、アメリカ商会が倒産した昭和五三年九月初頃に久美から無断で被控訴人の実印を作成して印鑑登録し、本件不動産を担保に融資を受けていたことや右商会の実状を打ち明けられるまで、自己が同商会の取締役として名を連ねていたことを知らなかつたことが認められるから、被控訴人がアメリカ商会の取締役であるとは到底認め難く、そうすれば、その余の判断をするまでもなく、この点に関する控訴人の主張も採用できない。

(小林定人 永岡正毅 山本博文)

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